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2015年10月1日木曜日
A Good Death
とある旅一座にまつわる話、「A Good Death」の翻訳です。
A Good Death | League of Legends
マガは14回死にかけました。彼女はまたもや腐りかけのリンゴをかじったのです。その腐った果肉は、いつも彼女の上に屍の影を落としていました。娘役は、観客に向かって最後のセリフを叫ぶと、よろめいて死んでしまいました。
「ああ、でも、どんなに驚くだろう?この世界が夢だなんて。・・・でももう手遅れ!・・・夢から覚めて、ようやくその素晴らしさに気付くとは。」
彼女は嘆きました。
煙と光り輝く粉と共に、Kindredが堂々と舞台の上に出てきました。伝統にならい、二つ合わせにした仮面をつけ、一人で演じます。彼はマガに近づくと、ヒツジの白い仮面を彼女に向けました。
「静かに!私の鋭利な矢を求める声が聞こえただろうか?さあ、おいで。お前の心のぬくもりを、冷たい忘却の彼方へ消し去るのです。」
マガは拒みました。今まで13回そうしたように。彼女の演技に微妙な違いがあったとしても、耳をつんざくような金切声の下に葬り去られました。合図があり、ヒツジが1回転すると、二つ目のオオカミの仮面が現れました。
「お前たちは、死を免れても何の意味もない。」
オオカミは低くうなりました。
「私は、みじめな若い娘にすぎません。どうか、私の哀れな叫び声にその四つの耳を傾けてください。」
観客は、次々に展開するオルフェラム・メカニカルズ座の劇に酔いしれているようでした。保護領の隣国で噂になっている疫病と戦争、この二つの脅威により、死の演劇が大流行していました。
デンジーは、ヒツジとオオカミの双方を演じる役者で、若い娘役に飛び掛かると、怪しい手つきで木製の牙をむき出しにしました。マガは、自分の首を差し出しました。オオカミの牙に恐怖する中、彼女はブラウスのえりに縫い付けた仕掛けを引きました。喜び叫ぶ観客に向けて、赤いリボンが広がりました。観客は料金を支払った甲斐があるというものでした。
メカニカルズ一座がふらふらになって戻る頃、荷馬車はニードルブルックに向けて出発しました。星は見えませんでした。その代わり、夜空には雲のとばりが広がっていました。
ニードルブルックは、いつもたくさんのお客が集まる場所でした。イリュージャンは会社のオーナーで、もう少し付け加えると、劇場のたった一人の劇作家でした。彼は、パーが地元住民からだまし取ったワインだけでなく、手にした栄誉に酔いしれ、ふらついていました。
時が経つにつれ、一座は些細なことで言い争うようになりました。トリアとデンジーは、ありきたりなストーリーを書く劇作家を厳しく非難しました。悲劇に見舞われる乙女、そして死が乙女を見初めて連れ去ってしまう、といった内容のストーリーでした。イリュージャンは、複雑なストーリーでは死の場面の持つ本質からそれてしまうと反論しました。
一座で一番若いマガは、トリアとデンジーの意見に賛成でしたが、黙っていました。彼女は、放浪する一座の荷馬車にこっそり乗り込まらなければ、間違いなくもっと惨めな生活をしていたことでしょう。幸運なことに、メカニカルズ座は、イリュージャンが理想の演出に固執するせいで、最近何人もの座員が辞めてしまっていました。彼の態度とそこまで秀でていない才能のせいで、座員不足に悩んでいました。そこで、オルフェラム・メカニカルズ座は、しばらくの間マガを雇い、死の役を演じることを承諾したのでした。彼女は、それに対してとても感謝していました。
イリュージャンは、まだデンジーとトリアに言われたことが気に食わず、荷馬車の御者であるパーに、馬車を止めてテントを張らないかと持ちかけました。このひどく思いあがった劇作家は、自分の毛布は馬車の横の寝心地の良い場所に置き、他の毛布は近くの丈高く茂った草地に放り捨ててしまいました。
「恩を仇で返すやつらは、荒れ地で寝るんだな。」
イリュージャンはつばを吐きました。
「そこで礼儀を学んで欲しいものだ。」
他の団員たちは、たき火をして話し出しました。デンジーとトリアは、やがて生まれてくる子どもの名の候補をささやきながら、お互いの腕の中で眠りに落ちました。彼らは、この地方を旅する一座がジャンデルに立ち寄る日に備えて話し合いました。その町は、あてにならない放浪生活を捨て、子供を育てるにはうってつけの場所でした。
マガは、道中起こるうんざりするような仲間同士の思惑の音を打ち消そうと、パチパチと音を立てるたき火のそばに寄りました。
しかし、眠ることはできませんでした。代わりに、マガは何度も寝返りを打ち、自分のえり首から、血がらせん状に飛び散る時の観客の表情を思い出していました。自らの純真さにより死に至る美しい乙女は、イリュージャンが追求していた壮麗な劇のもっともたるものでした。
真夜中、マガが歩いていくと、丈の低い草に覆われた塚が見えてきました。塚のそばには石板が立っていました。マガは、石板に刻まれた文字を読めませんでしたが、そこに刻まれたの見覚えのあるKindredの双面を指でなぞりました。そこは死に場、遠い昔に作られた墓でした。
マガは首の後ろに寒気を感じ、顔を上げました。一人ではなかったのです。マガは、すぐ誰なのか分かりました。毎晩、子供じみた彼らの真似を目にしていたからです。しかし、デンジーの幼稚なお芝居では、少しもその恐怖をマガに伝えることはできませんでした。風雨にさらされた塚から延びる小路にヒツジがおり、その横には常に忠実な相方であるオオカミが立っていました。
「心臓の音が聞こえるな!」
オオカミは、楽しそうに黒い瞳を輝かせて言いました。
「食ってもいいか?」
「多分、」
ヒツジが言いました。
「この子は怖がっているわ。話して。かわいい人。名前を教えて。」
「ま、まずは、あなたたちの名前を教えてくれないと。」
マガは、やっとのことで声を絞り出すと、後ずさりしました。彼女がゆっくり逃げようとすると、気味の悪いことにオオカミがすっと背後に現れ、逃げ道をはばみました。
オオカミが耳もとで言いました。「名前はいっぱいある。」
「西では、私はアイナで彼はアニ。」
ヒツジが言いました。
「東では、ファリヤとウォルヨ。でも、私たちはどこにいてもKindredなの。私はいつもオオカミといるヒツジで、彼はいつもヒツジといるオオカミ。」
オオカミは首をもたげて、空中でくんくんと匂いを嗅ぎました。
「この子は、つまらないゲームをしているな。」
オオカミが言いました。
「新しいゲームをしよう。追っかけて、逃げて、かみつくやつ。」
「この子は、遊んでいるわけではないのよ。オオカミさん。」
ヒツジは言いました。
「この子は怯えて、自分の名前を忘れてしまったのよ。唇の裏に隠れて、出てくるのを怖がっている。怖がらないで、かわいい子。あなたの名前は知っているの。あなたが私たちの名前を知っているように。マガ。」
「お、お願い、」
マガは声を振り絞りました。
「今夜は、やりにくいわ・・・」
オオカミは大きなピンクの舌を口から垂らし、声を上げて笑いました。
「夜はいつだって飛び掛かるには最適だぞ。」
オオカミは、そう言って笑いました。
「日中もね。」
ヒツジが言いました。
「光が射すもの。」
「今夜は月が出ていないわ!」
マガは泣き叫びました。マガはイリュージャンに教わった、後ろにいる観客にも見えるよう、もったいぶった身ぶりをしながら続けました。
「雲の毛布に隠れているの。私やあなたたちから隠れているの。月がなければ、最期の瞬間をどうやって見ればいいの?」
「月は見えるわ。」
羊が応じ、言い伝えに出てくる弓をなでました。
「いつもそこにあるもの。」
「星がないわ!」
マガはもう一度言いました。今度は、小さく、静かな身振りで。
「見世物小屋のダイヤモンドじゃなくて、深夜の深い闇の中でもキラキラと輝くもの。ヒツジとオオカミに出会ったら見たいと願う、これより素敵なものはあるかしら?」
「このマガっていう子は、もう新しいゲームを始めているよ。」
オオカミは低くうなりました。
「「言い訳」っていうゲーム。」
オオカミは動くのをやめ、首を横にかしげると、口先をマガに向けて言いました。
「「マガって子を追いかけて噛みちぎる」ってゲームをしようか?」
オオカミは、怖がらせるようにわざと、歯をカチカチ鳴らしました。
「聞かせて。」
ヒツジが言いました。
「マガ!オオカミに襲われるのと私の矢、どちらがいい?」
マガは震えあがりました。彼女の目は、この世界のどんな些細なことも見逃さないように走り抜けました。ここは死に場所として、そこまで悪い場所ではありませんでした。草がありました。木がありました。古びた小路がありました。辺りは静寂に包まれていました。
「ヒツジの矢がいい。」
彼女はざらざらした木の皮の表面を見ながら、言いました。
「一番高い枝に登っていく自分を思い描くわ。子供の頃、思い描いたように。絶対に登るのをやめないの。あなたたちと行くということは、そういうことでしょう?」
「違うわ。」
ヒツジは言いました。
「良い考えだけど。大丈夫、小さな娘。私たちは、ただ遊んでいるだけ。今夜は、あなたが私たちに会いに来たのよ。私たちは、あなたを迎えに来たわけではないの。」
「マガって子と追いかけっこできないのか。」
少しがっかりした様子でオオカミが言いました。
「でも、すぐ近くに追いかけるものがあるな。あっちは、追いかけて噛みつくにはちょうどよい頃合いだ。早く行こう、ヒツジ。腹が減った。」
「今のところ、あなたのお芝居には楽しませてもらったわ。もう一度会う日まで、見守るつもり。」
オオカミはマガの横を通り過ぎ、林の中に消えていきました。闇のもやのようにおぼろげな獣は、くねくねと身をよじりながら丈の高い草を通り抜けて行きました。マガが、風雨にさらされた塚の方を振り返ると、ヒツジの姿はありませんでした。
娘役は逃げ出しました。
マガが野営地に戻ると、ひどいありさまでした。彼女がやっと家と呼べるようになった荷馬車は荒らされ、灰になったがれきがくすぶっていました。衣類の切れ端と壊れた柱が、野営地のいたるところに散らばっていました。
彼女は、デンジーが寝ていた場所の近くで彼の遺体を見つけました。彼は、後ろに横たわるトリアの遺体をかばうようにして死んでいました。血の跡から見るに、彼らの死は遅くなかったのでしょう。お互い体を引きずってそばに寄り、生前の愛を示すように指を絡ませていました。
マガは、焼け焦げる前にイリュージャンが荷馬車のパーと共謀し、恩知らずの二人を殺してしまったのだと気づきました。
残されているのは、デンジーが使っていたヒツジとオオカミの二つのマスクだけでした。マガは両手でマスクを拾い上げました。ヒツジのマスクを顔に当てると、オオカミの声が聞こえました。
「マガと追いかけっこ。」
娘はニードルブックに向かって走り出し、決して後ろを振り返りませんでした。
ゴールデン・ラウンドは、キラキラと輝くたくさんの視線で埋め尽くされていました。興奮で輝いている視線はすべて、ビロードのカーテンに向けられていました。王は、王妃と従者と共に演劇を見物に来ていました。観客は、開演を心待ちにしていました。黒いカーテンが上がり、役者たちが姿を現すと、全員静かになりました。
マガは、舞台の下の静かな楽屋に座っていました。鏡の中の自分をじっと見つめながら、観客が静まるのを聞いていました。彼女の目に宿っていた若い輝きは、何年も前に薄れていました。彼女の長い髪からはモジャモジャの銀色の白髪がこぼれていました。
「マダム!」
舞台係が言いました。
「まだ衣装を着ていないのですか。」
「そうよ。」
マガは言いました。
「最後にしか着ないの。」
「今がその時ですよ。」
舞台係は言いました。マガの衣装の残り二つを持って。それは、オルフェラム・メカニカルズ座で過ごした日々とも言える、ヒツジとオオカミの仮面でした。
「今夜、あなたの演技が祝福されますように。」
舞台係は言いました。
マガは、舞台に出る準備を始めました。マスクを顔にすべらせると、以前感じたことのある陰鬱な墓からの寒気が、静かに背中に降りてきました。
ゆっくりと舞台に現れた彼女に、観客はすっかり目を奪われました。ヒツジの化身となる優雅な動き。彼女が表現するおどけた様子の冷酷なオオカミに観客は身震いしました。彼女が演じる二匹の死の化身は、役者仲間同士の苦悩を和らげ、のどの奥にある不安を取り除いていきました。観客は立ち上がり、拍手喝采が沸き起こりました。
本当です。観客は皆、素晴らしい死の化身に心を奪われていました。そして、観客は他のどの座員よりもマガを気に入りました。
王と王妃でさえも、彼女の演技を褒めたたえて立ち上がっていました。
しかし、賞賛の声も拍手もマガには聞こえていませんでした。彼女は、舞台に立っている感覚も、深々とお辞儀をしている役者仲間とつないだ手の感覚もありませんでした。感じるのは胸に走る鋭い痛みだけでした。
マガが観客席を見渡すと、一人一人の顔は皆、羊と狼でした。